中世ヨーロッパの生活

時代や地域を越えて共通する人間の性とは

午後、あるいは青空に対する哀愁

はじめに

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唐突だが、私はよく晴れた日の午後に哀愁を感じることがある。小学生低学年あたりからそう思いはじめた。真っ青な空や、煌々と照らされた草木、光を放たない白い月、そういったものを眺めていると、明確な理由は分からないが、物悲しくなる。それに飛行機が上空を通過する音。

成長するにつれ、その理由がなんとなく分かってきた。われわれは四季を人生に例えることがある。春は生まれてから思春期まで、夏は働き盛りの時期、秋はそろそろ前線から引退しようという時期、そして冬は老年期、というように。

1年の周期と同様に、1日の周期も人生に例えることができる。夜明け、午前、午後、日暮れ(夜)の4つに1日を分類すると、太陽が天中を過ぎてから、つまり午後は人生の下り坂ということだ。

太陽が沈むことは人間にとっては眠りの合図であり、心理学的な意味で「死」に向かうことである。私はやがて来る「死」に身構えて、午後に物悲しくなるのかもしれない。

私は多くの本に触れるうちに、午後の哀愁を感じる人は自分だけではないということに気づいた。そこで今回は、午後や青空に対する哀愁が書かれた作品を集めてみたい。

目次

午後の哀愁

イスタンブール

午後の哀愁を語った作品としてまず、ノーベル賞受賞作家のオルハン・パムクの『イスタンブール』を挙げよう。これは小説ではなく、パムク自身の幼少期から青年期に渡る回想録だ。パムクはイスタンブールで生まれ、そこで育ち、NYに滞在した3年間を除いて、今もそこに住み続けている。彼は回想録のなかで、イスタンブールを照らす真昼の太陽の残酷さを語っている。


太陽が突然いっぱい照り出して、町の貧しい、だらしない惨めな面を無慈悲に照らす春の午後は嫌いだ。

(中略)

町と自分に対する嫌悪が急速に高まるこのようなときは、通りにある広告の、自分の名前とか、勤め先、職業、業績を大きな文字で町の人々に報せるために努力する、それらの紳士方の色とりどりのさまざまな形の文字が、彼らに対するよりも、むしろ自分自身に対して怒りを引き起こす。

(中略)

やっと町のいやになる混沌と、尽きることのない混乱と、全ての醜さを見せる真昼の太陽から逃れて助かったようだ。しかし頭の中にある読む機械は、通りで一通り読んだ全てを、疲労困憊で憂鬱なときに、悲しい歌のように思い出して繰り返す。

オルハン・パムクイスタンブール―思い出とこの町』和久井路子訳、藤原書店、2007年、398-400頁。


パムクが春の午後を嫌いな理由は、陽光が町の惨めな姿をさらけ出すからだ。

パムクの語る憂愁、トルコ語でいう「ヒュズン」は、午後だけにとどまらない。彼によるとイスタンブールの町全体が、ヒュズンに覆われているという。なぜならイスタンブールは――かつてはコンスタンティノープルと呼ばれ、さらに昔にはビザンティオンと呼ばれた歴史上の重要都市だ――東ローマ帝国オスマン帝国といった大帝国時代の遺物を残しているからだ。

アヤソフィア。ギリシア正教会ではハギア・ソフィア大聖堂とも呼ばれる。
アヤソフィアギリシア正教会ではハギア・ソフィア大聖堂とも呼ばれる。

それら2大帝国の遺物として、最も象徴的なのが、アヤソフィアだろう。東ローマ帝国、つまりキリスト教徒がコンスタンティノープルの支配権を持っていたとき、アヤソフィアギリシア正教の大聖堂として使われた。

そして多くの高校生が世界史で暗記する年号であろう1453年、オスマン帝国、つまりイスラームコンスタンティノープルを征服してからは、アヤソフィアはモスクとして使われた。なおオスマン帝国の領土となってから、コンスタンティノープルトルコ語でその町を指すイスタンブールと呼ばれるようになった。

パムクはこの1453年の出来事について、次の通り語る。


ある出来事がどう称ばれるかを見ると、自分がどこにいるか、つまり東にいるか西にいるのかが分かる。1453年5月29日に起こったことは、西の人間にとってはコンスタンティノープルの陥落、東の人間にとってはイスタンブールの征服である。短く言うと、「征服」でも「陥落」でもある。

同上、220頁。


私はこの部分を読んではっとした。日本の教育においては、1453年の出来事は「コンスタンティノープルの陥落」と学ぶ。長年何とも思わなかったが、これは「西」つまりキリスト教徒側から見た視点なのだ。「世界史」という教科は「世界」と名付けていながら、キリスト教つまり西欧から見た視点で物事を語ることがある。

有名な例を挙げると、コロンブスによるアメリカ大陸の「発見」だ。アメリカ大陸は西欧人が「発見」する前からそこにあり、先住民の人々が暮らしていた。だから「発見」という言葉は西欧人から見た視点である。

小話を挟もう。日本で浸透している「コンスタンティノープル」という呼び名は英語読みだ。古代ギリシア語読みだと、「コンスタンティノポリス」となる。ポリス(πόλις)とは、古代ギリシア語において「都市国家」という意味だ。よってコンスタンティノープルは、「コンスタンティヌスの町」という意味になる。ローマ皇帝コンスタンティヌス1世がつけた名だ。

イスタンブールに興味を持った方には、塩野七生の小説『コンスタンティノープルの陥落』もおすすめだ。1453年のコンスタンティノープル陥落がどのようにして行われたか、複数人の視点から語られる。

影の獄にて

午後の哀愁が語られる作品として次に、ローレンス・ヴァン・デル・ポスト『影の獄にて』を紹介しよう。ボーア人貴族として生まれた彼の作家としての重要な三柱は、「アフリカ」「日本」「ユング」である、と訳者の由良君美氏は述べる。

『影の獄にて』における第二部の主人公であるセリエは、年の離れた自身の弟に対し、複雑な想いを持っている。セリエ自身が容姿端麗で、人望を買う性格であるのに対し、弟は醜い容姿(背中にこぶがある)で、孤立しがちな性格である。セリエは、弟が自分のそばにいることによって、自分の人望が傷つくことを恐れている。そして、セリエがこの後に弟に対して行う裏切りを示唆する場面として、次の通り記載がある。


と、陽炎の向こうから、村の外れで雄鶏がときをつくる声がはっきり聞こえてきた。この声はいつになっても好きになれない。眠るともさめるともつかぬ朝まだきには、実に興ざめなものだ。しかし今のように唐突に鳴き出して、捕らえどころのない午後が、またひとつ、底なしの夜に急転直下することを想起させられると、とても耐え難いものである。

ローレンス・ヴァン・デル・ポスト『影の獄にて由良君美、富山佳夫訳、思索社、1985年、72頁


引用した作品は「小説」であるから、パムクの「回想録」のように直接的に作家が午後の哀愁を語ったというわけではない。しかし作家は自分が考えたこと・感じたことを登場人物の心情に投影するので、間接的に作家自身が語っていることになる。つまり、作者であるヴァン・デル・ポストは、午後が夜をもたらすことを示唆しているために、午後は憂鬱な時間帯になりうる、と考えたようだ。

なお西洋人(キリスト教徒)にとって、鶏の鳴き声というのは裏切りの象徴である。これは聖書の一場面で、イエスの弟子であるペテロが、イエスに対して裏切りを働くことに由来している。

エスが大祭司に捕まった夜、「あなたもイエスの弟子ではないか」と問われたペテロは、保身のために「違う」と答える。再度別の者に尋ねられたとき、また「違う」と答える。そして三回目に「違う」と答えたとき、朝を告げるために鶏が鳴く。イエスはこの行為を予見し、ペテロに次の通り言っていた。「鶏が鳴くまでに、あなたは3度わたしのことを知らないと言うだろう」。

よって『影の獄にて』のセリエが鶏の鳴き声を嫌いな理由は、それが裏切りを予見、あるいは想起させるからだ。彼は実際に弟に対して裏切りを働いた後、眠れぬ夜を過ごし、風見鶏を鶏に見立てて、次の通り思っている。


あるいは、危うい尖塔の上で悠然と揺れる風見鶏を見ては、叫びたくなる。「お願いだ、おまえの仲間に、静かにしろと言ってくれ。」

同上、144頁。


おそらくこの場面では、セリエが幻聴として鶏の声を聞き、弟への裏切りを思い出していることを示唆している。最初に読んだときにはなぜセリエが鶏を嫌うのか分からなかった。しかし後になってぴんときて、上手い暗喩だと思って震えたものだ。

残念なことに、『影の獄にて』は現時点で絶版となっている。個人的には、今まで読んだあらゆる小説のなかで、10本の指に入るほどのお気に入りだ。興味を持った方には、本作品を基にして制作された映画、『戦場のメリークリスマス』をおすすめする(日本においては、原作よりも映画のほうが知られている)。過去に映画の解説を描いているので、参照していただきたい。→映画『戦場のメリークリスマス』の解説

魅せられた旅人

午後の哀愁が語られる作品として最後に、ニコライ・レスコフの『魅せられた旅人』を紹介しよう。レスコフは、『戦争と平和』で有名なトルストイや、『罪と罰』で有名なドストエフスキィと同時代に活躍したロシア人作家である。

『魅せられた旅人』は晩年になって修道士になった主人公が、伴船した人々に自らの奇想天外な人生を語る物語だ。主人公は聴衆に、タタール人(北アジアから東ヨーロッパを生活拠点としている遊牧民族)の幕営地で長らく暮らしていたことを語る。

モンゴルのステップ地帯。秋ごろに撮影。
モンゴルのステップ地帯。秋ごろに撮影。

――とにかくうちに、ロシアに帰りたくて仕方がなかったんですよ。

――結局、十年間いてもステップには慣れなかったってわけですか?

――ええ、家に帰りたくってね……塞ぎこんでました。特に夕方とか、昼日中でもそうです、天気がよくって暑い時に幕営地はしーんとしていて、タタール人全員が蒸し暑さから天幕に入ってきて昼寝をするんですが、私は自分の入っている天幕の裾を上げてステップを眺めるんです……あっちを見ても、こっちを見ても、どっちも同じ……。蒸し暑い景色の残酷なこと、大草原に果てはなく、草は荒れ放題で、白くてふわふわしている羽茅が白銀の海のように波立っていて、風に乗って匂いがしてくると、それは羊の臭いで、太陽は至る所から降り注ぎ、じりじりと焼いて、ステップにはまるで重苦しい人生みたいにどこにも終わりは見えず、そしてこの塞いだ心の奥は底なしで……。

ニコライ・レスコフ魅せられた旅人』東海晃久訳、河出書房、2019年、104頁


この描写からレスコフは、人は昼と太陽に絶望を感じることがある、と考えたことが分かる。陽光によって全てが暴かれた光景は、変わり映えせず単調だ。人は何も隠されていないこと、単純であること、それが毎日繰り返されること、そういったことに絶望を感じるようだ。

私はここで、「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ」というサン=テグジュペリ星の王子さま』における台詞を思い出す。もし何もかもが太陽の光によって暴かれ、そこに何の秘密も楽しみもないと分かれば、私もきっと絶望するだろう。太陽の光は善の象徴、夜の闇は悪の象徴、と見なされることが常に正しいとは言えない。光と闇は相互補完的で、どちらか一方に世界が塗りつぶされてはいけないのだろう。

青空の哀愁

午後に対する哀愁の仲間に入るものとして、青空に対する哀愁があると気づいた。明るすぎる太陽と同様に、青すぎる空も、人に哀愁をもたらすようだ。

レクイエム

青空の哀愁が語られる作品として一つ、アントニオ・タブツキの『レクイエム』を紹介しよう。イタリア人作家であるタブツキがポルトガル語で書いた小説だ。

彼の小説の魅力は、読者を煙に巻く所だろう。会話も描写もぼんやりとしていて、読んでいると夢のなかを歩いているような感覚に陥る。

『レクイエム』は冒頭から奇妙なことが始まる。語り手である「わたし」は、うだるような暑さの夏のリスボンにいる。そして、12時になったのに「あの男」がこないと嘆く。そこで「わたし」は気づく。待ち合わせの時間である12時は、昼の12時ではなく、夜の12時だろうと。なぜならあの男、あるいは詩人は、幽霊なのだから。そうして「わたし」は、夜の12時までの時間つぶしに、リスボンの町をさまよい歩く。

ストニア、タフクナ灯台からの景色
エストニア、タフクナ灯台からの景色

「わたし」はかつて1年だけ住んでいた、灯台守の家を訪れることにした。「わたし」は当時、その家で書き物をしながら、なぜ自分は物を書くのだろうかと自問していた。現在灯台を管理している人を訪ねると、当時の人とは変わっていた。また「わたし」が間借りしていた家は古びたために、使われなくなっていた。「わたし」は新しい灯台守の奥さんに、以前自分が暮らしていた家に入れてもらう。


わたしは部屋のドアを開けた。天井に目をやると、空が見えた。どこまでも碧く、澄んでいだ空が目に痛かった。信じられないような部屋だった。ベッドも、洋服箪笥も、チェストもあるのに、屋根だけがほとんどそっくりなかったのだ。

(中略)

すみませんが、このベッドで少しだけ横にならせてください。これがぼくのわかれの挨拶です。このベッドに横になることもこれで最後になりますから。ベッドに横になったわたしを見て、灯台守の奥さんは気をきかせ、部屋の外に出てくれた。わたしは空を見上げた。考えてみれば、不思議なものだ、若い頃はこの碧さが自分のもの、自分の一部のように思いつづけていた。それがいまは、あまりに碧すぎて、遠い相手になってしまった。まるで幻覚を見ているようだ。わたしは思った、嘘みたいだ、こんなことはありえっこない。自分がまたこのベッドに寝ているなんて。あの頃、夜ごとに見つめた天井はいまはなく、代わりに、かつては自分のものだった空をこんな風にながめているなんて。

アントニオ・タブッキレクイエム 鈴木昭裕訳、2016年、119-120頁。


タブツキの作品の魅力はカオスな所であり、読者にその状況をもたらすためにあえて意味深なことを書いている部分もあるだろう。したがって場面ごとに常に深い意味があるとは考えないほうがよさそうだ。そして解釈をしないことが、タブツキの作品の魅力を増加させるとも思う。

しかしこの場面の解釈を試みるなら、空の碧さが意味する所は、「青春」といったところだろうか。若い頃は、空は輝かしく、力に溢れたものだった。つまり哀愁はなかった。しかし後年になって同じ空を見返すと、「目が痛い」。つまり哀愁があるのだ。

タブツキの作品については『レクイエム』より『インド夜想曲』が個人的に好みである。興味のある方は過去記事を参照していただきたい。→アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』の紹介

おわりに

午後が哀愁をもたらす理由をまとめると以下の通りだ。

  • パムクの場合:陽光が町の惨めな姿をさらけ出すから

  • ヴァン・デル・ポストの場合:午後は夜をもたらすことを示唆しているから

  • レスコフの場合:陽光が変わり映えしない単調な、終わりがない景色を見せるから

青空が哀愁をもたらす理由は以下の通りだ。

  • タブツキの場合:空が青春を象徴しているから

今回は、午後や青空に対する哀愁を切り口にして、本を集めてみた。どれも魅力的な本だと私が思う理由は、私もまた、午後や青空に対して哀愁をもっているからだろう。あるいは、哀愁ただよう語り口が好きだから、その種の本に惹かれ買ってしまうと言うべきか。今後も午後と青空に対する哀愁を探していきたい。

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